この記事について

何かをしてもらうことを、いつの間にか「当たり前」だと思ってしまっている方に向けて書いています。

先に結論を書くと、「ありがとう」の反対語は「当たり前」です。これは私が7年ほど前に、ある研修で講師の方から教わった話です。今でも仕事が忙しくなると「やってくれて当たり前」と思いそうになる瞬間があり、だからこそこの話を定期的に思い出すようにしています。

研修という機会について

私はポジション柄、会社から色々な研修を受けさせてもらう(受けさせられる)立場にいます。テーマは本当にピンキリで、「これはすぐにでも活かせる」と思える良い研修もあれば、正直「おま環(自分の環境では通用しない)やん」「理想論すぎて現場に活かせるビジョンがない」「よくあるビジネス書の冒頭に書いてあることをなぞっているだけ」と感じるものもあります。中には、受けること自体が目的になってしまっているような研修もあります。

正直なところ、研修を受けた直後の記憶なんて、数ヶ月もすればほとんど残っていないことの方が多いです。内容が悪かったわけではなくても、日々の業務に戻ればそちらの記憶の方が薄れていくのは自然なことだと思います。

そんな中で、今でもはっきり覚えている研修が一つあります。今回書きたいのは、その研修で受けた問いと、そこから得た気づきです。

「ありがとうの反対語、わかりますか?」

その研修で、講師の方からこう問われました。「『ありがとう』の反対語は何かわかりますか?」

正直、その場では即答できませんでした。「ありがとう」の反対だから、何か否定的な言葉を探そうとして、うまく言葉が出てこなかったのを覚えています。

講師の方が出した答えは、「当たり前」でした。反対語というと、つい単語同士の意味を対比させて探してしまいがちですが、この答えは意味の対比ではなく、感情が生まれる構造そのものに着目したものでした。答えを聞いた瞬間は、正直「そう来るか」という感覚でしたが、説明を聞くにつれて、じわじわと腹に落ちていきました。「ありがとう」という言葉が出てくるのは、こちらからお願いしたことや、期待していなかったことに対して、良い結果が返ってきたときです。逆に言えば、「お願いしたことはやってもらえるものだ」「この人なら気を利かせてこれをやってくれるはずだ」という期待や前提を自分の中に持っていると、それが実現しても「当たり前」としか感じなくなり、「ありがとう」が出てこなくなる。これが講師の方の説明でした。

人に期待することは、実は楽なこと

ここから先は、私自身の感情面の解釈です。人に期待するというのは、実は楽なことなんですよね。何かを「相手がやってくれるもの」として自分の持ち物から外してしまえば、その分自分は軽くなります。裏を返せば、期待するというのは、その物事と自分との関わりを薄くする行為でもあります。

マネージャーや管理職という立場は、一般的に持ち物(担当する物事)が多くなる傾向にあります。その中で、自分の作業の優先度をどうつけるか、自分でなくても振れるタスクをどう見極めるかは、確かに大事なスキルです。

ただ、実際にその作業をやるのはメンバーです。振った作業に対する責任を自分ごととして持ち続けられるか、そしてその結果を「ありがとう」という気持ちで受け止められるか。ここを手放して「当たり前」にしてしまうと、その瞬間から自分とメンバーとの関係が薄くなっていくのだと思います。

もちろん、「当たり前」がすべて悪いわけではありません。その作業をやること自体がミッションになっているメンバーもいるので、一概には言えない話です。役割としてやるべきことをやっているだけなのに、いちいち大げさに感謝されても、逆に居心地が悪いという場合もあるはずです。ただ、少なくとも自分がその作業を「振る側」であるなら、当たり前だと思わずにいたい、というのが私のスタンスです。

言われる側になってみるとわかること

逆に、自分が「ありがとう」を言われる立場になって考えてみると、これはシンプルにわかりやすい話です。何かをやって、それに対して感謝を伝えられると、普通に嬉しいですよね。私自身も、感謝を伝えてもらえると素直に嬉しいですし、「また頑張ろう」というモチベーションにもつながります。

自分がされて嬉しいことは、相手にとっても同じように嬉しいことである可能性が高い。当たり前のようでいて、忙しさの中で一番忘れやすい視点でもあると思っています。頭でわかっていることと、実際の行動として毎回できることの間には、意外と距離があります。だからこそ、意識して思い出す仕組みが必要なのだと思っています。

この気づきが自分にとって革命だった理由

私は日々、顧客やメンバーを納得させるために、こうした研修や本、ふと目にする標語のようなものからインプットを受けて、自分の語りをアップデートしていくタイプの人間です。そのため、これまでにも似たような話を聞いたことはあったかもしれません。

それでも、「ありがとうの反対語は当たり前」というこの一言は、それまで自分の中で漠然と感じていた「感謝を忘れてはいけない」という考えを、一気に言語化してくれるものでした。個人的には、ちょっとした革命でした。この要素は、数ある学びの中でも、実際に普段の生活で意識し続けている数少ないものの一つです。

おそらく、当時の自分がこの視点を意識できていなかったからこそ、この問いがパンチラインとして刺さり、7年経った今でも記憶に深く残っているのだと思います。

まとめ

「ありがとう」の反対語は「当たり前」。この話を知ってから、忙しくて余裕がなくなるたびに、意識的にこの言葉を思い出すようにしています。

「ありがとう」は、相手のためだけに言う言葉ではないと思っています。何かを当たり前だと思わず、きちんと「ありがとう」と言えているかどうかは、自分が謙虚であり続けられているかどうかのバロメーターでもある。そう捉えるようになってから、この言葉との付き合い方が少し変わった気がしています。