この記事について
できないかもしれない仕事を前に、正直に「無理です」と言うべきか、背伸びして「できます」と言うべきか迷ったことがある方に向けて書いています。
先に結論を書くと、私は仕事では嘘をついてもいいと思っています。ただし、「嘘をつくこと自体」より、「その嘘によって生じる結果まで自分が引き受けられるか」の方が大事だと考えています。この記事では、その考え方に至った実体験を紹介します。
「嘘は悪いもの」という前提から一度外れてみる
嘘は悪いもの、正直が正義。一般論としてはその通りだと思います。ただ、仕事の現場で「できますか?」と聞かれたとき、その瞬間の自分の実力だけで正直に答えることが、必ずしも正解とは限らないとも感じています。
「できます」と答えた時点では、自分の中では明らかに背伸びだった。それでも、その言葉に責任を持とうとすることで、後から本当にできるようになることがあります。いわゆる「嘘から出たまこと」です。私は、この種の嘘については、悪いものだとは思っていません。
「できます」と言った、あの瞬間
実際に、そういう場面がありました。任された仕事に対して、その時点で自分に必要なスキルが十分に揃っているとは言えない状態で、「できます」と答えたことがあります。断って安全な範囲にとどまることもできたはずですが、そのときは経験を積むチャンスだと感じ、あえて言い切りました。
言い切った瞬間から、後には引けなくなります。ここが「できない」と最初から判断するのとの一番の違いだと思っています。できないと判断すれば、その場では楽ですが、成長の機会もそこで手放すことになります。
追いつくためにやったこと
「できます」と言ってしまった以上、あとはそのギャップを埋めるしかありません。不足しているスキルを洗い出し、業務の合間や隙間時間を使って追いつく作業をしました。わからないことはその都度調べ、詳しい人に聞き、実際に手を動かしながら覚えていく、という地道なやり方です。
この期間は正直きつかったです。ただ、「できます」と言い切ったことで自分を追い込んだからこそ、この努力を続けられた面もあると思っています。もし最初から「難しいかもしれません」というスタンスで引き受けていたら、ここまで踏ん張れていたか怪しいです。
結果として、本当にできるようになった
最終的には、当初不足していたスキルも身につき、任された仕事をやり切ることができました。「できます」と言った時点では嘘だったものが、努力の結果として本当になった形です。
大事なのは、ここで「できます」と言って努力した、という点です。同じ「できます」でも、言っただけで努力せず、問題が出たら他人に責任を押し付けるようなケースとは、はっきり区別しています。これは嘘から出たまことではなく、ただの無責任です。
「このままでは厳しい」と思ったときの相談
もちろん、追いつく努力をしても、途中で「このままでは厳しい」と感じる瞬間はあります。「できます」と言った以上は、基本的には最後まで自分でやり切るのが筋だと考えていますが、問題が大きくなる可能性がある場合は、早めに相談することも必要だと思っています。
ここで気をつけているのは、「相談した=責任がなくなる」わけではない、という点です。早めに相談すること自体は正しい判断です。ただ、最初に「できます」と判断したこと自体への評価は、相談したからといって消えるわけではありません。この二つは別の話として捉えるようにしています。
良かった点・悪かった点
良かった点は、「できます」と言い切ったことで自分を追い込み、実際にできるようになったことです。嘘から出たまこと、という言葉がそのまま当てはまる経験でした。
悪かった点もあります。「できます」と言った以上、途中で厳しいと判明した場合の責任は重くなります。本当に危険な状態になる前に相談する必要がありますが、その場合でも、最初の判断が甘かったことによる評価上のコストはゼロにはなりません。また、こうした背伸びを重ねて「簡単にできますと言う人」だと判断されてしまえば、今後は逆に期待されなくなる可能性もあります。背伸びにも限度がある、ということだと思っています。
改めて整理すると、次の4つは似ているようでまったく違うものだと考えています。
- 「できない」と最初から判断すること
- 「できます」と言って、実際に努力すること
- 「できます」と言ったのに努力せず、問題が出たら他人に責任を押し付けること
- 「できます」と言ったが、危険を察知して早期に相談すること
このうち2と4は、どちらも自分の中では良い嘘だと思っています。悪いのは3だけです。1は嘘ではありませんが、成長の機会を手放しているという意味では、必ずしも安全な選択とは言えないと感じています。
仕事以外の嘘との違い
仕事以外の場面では、相手を安心させるための嘘を、必ずしも悪いとは思っていません。ちょっとした気遣いのための嘘まで、いちいち責める必要はないと思うからです。
一方で仕事の場では、裁量・責任・信用が絡んでくるため、嘘の扱いはどうしてもシビアになります。「できます」という嘘は、自分だけでなく、依頼した相手やチームの計画にも影響します。だからこそ、その結果まで引き受ける覚悟があるかどうかが、仕事の嘘では特に重要になってくるのだと思っています。
まとめ
嘘は悪い、正直が正義。そう単純に結論づけるのではなく、嘘をついた後にどう行動し、その結果をどう引き受けるかに焦点を当てたい、というのがこの記事で一番伝えたかったことです。
「できます」という言葉は、時に自分への嘘から始まります。ただ、その嘘に責任を持って努力すれば、本当にできるようになることがある。私は、そういう嘘なら、これからもついていいと思っています。